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せっかくの機会ですので『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいのマンガで読む。』

有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいのマンガで読む。

有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいのマンガで読む。

 

文学作品にかぎらず、科学や経済など専門的な知識を有するものに(有しなくても)初めてとりかかるのはなかなか根性のいる作業で、これを乗りきれないことを三日坊主といったりする。そこでまずは、漫画で読んでチョット理解してみようというのが最近流行りのスタイルだ(たぶん)。言葉も現代語に置き換えられていてグッと読みやすくなった。国語の苦手だった僕は、文学というものを避けてきたわけだけど、この際なのでブームにガッツリあやかってみようと思った。

有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいのマンガで読む。』はタイトルのとおり、文学作品を10ページ程度にまとめたオムニバス作品だ。コンパクトになったおかげで、更に純文学にアプローチしやすくなった。そして、なぜか絵のタッチは水木しげる風である。作品は羅生門、人間失格など、メジャーなものから「有名すぎる」とあるけれど初耳の作品もある(僕に教養がないだけですが)。なんにせよ、各作品の概要を把握するにはもってこいの本。

純文学を読むと、特にこれといった起伏もないし、それがなんなんだって思うことが多い。つらつらと書いてみましたという感じ。人間失格なら、堕落した生活を送り続けて廃人のようになり人間失格だなと悟って話は終わる。羅生門なら、生きるための悪と理由をつけて老婆の服を剥ぎ取って行方をくらませて話は終わる。僕の理解力が乏しいからだけど「はぁ、そう言われましても」というのが正直な感想だ。ただ、ウィキペディアで調べたところによると「純文学とは、娯楽性よりも芸術性に重きを置いている小説を総称する用語」と書いているのでそれでいいような気もするけれど。

だけど、慌てて付け加えておきたいけど、決してそれがつまらないというわけではない。むしろ、それでも最後まで読めてしまうことが、かえってすごいと考えられなくもないし、本当にすごいのだと思う。それが「純」って意味なんだろう。だけど、学校で習うことでもない気はしている。そのときが来たらきっと自然と辿り着くべきものなんだよ、純文学ってのは。

有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいのマンガで読む。

有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいのマンガで読む。

 
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